プロフィール

アフロ白石です
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アフロパーティーを御覧いただきありがとうございます。
このサイトを管理しているアフロ白石(@afro_shiraishi)です。

専門学校を卒業後、様々な企業を渡り歩き現在に至ります。

その前の高校時代、定時制高校に行ってたというのもあり、昼間はアルバイトをしていました。

このページでは私が学生時代にやっていたアルバイトのお話をプロフィールとさせていただきます。

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喫茶店

喫茶店

高校生の頃、喫茶店が好きだったんですよ。

今じゃ個人経営の喫茶店なんて殆どなくなってしまったけど、当時は昭和、いっぱい喫茶店がありました。

新宿、渋谷、新大久保、方南町、あちこちでバイトしたなぁ。

特に思い出深いのが渋谷の喫茶店で、映画館の上だったこともあり、結構な数の芸能人に会いました。

レジの周りは芸能人のサインでいっぱいだったし、私がサインをいただきに行ったこともありました。

そんな数多くの芸能人の中で印象的だったのが木村一八

デビュー当時の中山美穂と共演した毎度おさわがせしますでブレイクした俳優で、有名な漫才師横山やすしの息子です。

彼が主演する映画シャコタン☆ブギの舞台挨拶があり、楽屋代わりとしてとして店に来たのですが、まっすぐゲーム機の置いてある席に付き

オイ、兄ちゃん! ゲームの電源入れてくれ!

と、威圧感強めの態度で私に言ってきました。

まぁお客様なんで言われたとおりに電源入れるのですが、何も注文しないでずっとゲームばかり。

一緒にいたマネージャーらしき人も注文しないし、とにかくガラの悪い連中という感じ。

アフロ白石
アフロ白石

どうせ経費なんだからなにか飲み物ぐらい注文しろよっ!(心の声)

共演者の佐野量子ちゃんはとにかくおしとやかで可愛いアイドルだったので、木村一八のヤンチャぶりは目に余るものでしたね。

その後しばらくして木村一八は暴行事件で捕まったので、普段の行いがそのまま出た感じですね。

ラーメン屋

ラーメン

六本木のとあるとんこつラーメンの店で働きました。

ミーハーな気持ちで

六本木でバイトしてみたいっ!

そんな気持ちでやってみたんですが、なにせオイリーな環境。顔はテカテカ、髪の毛ベタベタで、バイト後の学校で恥ずかしい思いをしたので1ヶ月程度で辞めてしまいました。

店の責任者とも相性悪かったから、どのみち長くは続かないと思ってたけど。

中古ゲームソフト販売

ファミコン

ファミコンブーム真っ只中の頃、中古ゲームショップ(当時はファミコンショップと言っていた)でバイトしました。

バイトしてたのは新宿の店舗でしたが、町田の店舗へお手伝いに行ったとき街頭でチラシ配りをしたのですが、受け取った女子高生が

ファミコンだってwww

と笑われてしまうほど、テレビゲームは幼稚なアイテムと言われていた時代です。

中古ゲームショップなのでゲームを売りに来る子供も多かったのですが、やっぱり足元見ちゃいますよネ。

どんなに価値のあるゲームでも小学生に何千円も払いたくないので、適正価格より低く査定してましたよ。当時の子供達、ごめんなさい。

今じゃ通報レベルのことだけど、よくいたずら電話もかかってきました。

お前の店に爆弾仕掛けたぞ!

と可愛い子供の声で。

その当時ドラクエ2が発売された頃で、なかなか入手できなくて八つ当たりの電話をかけてきたのでしょう。

まともに相手するのも面倒なので、店内デモで流してたドラクエ2のBGMを電話越しに聞かせてあげると、そのうち電話が切れました。

新宿の電気街で拡声器持ってお客の呼び込みをしたり、売上ノルマを達成させようと頑張ったり、当時16歳だった少年には貴重な体験だったなぁ。

食料品配達

軽バン

車の免許を取ってすぐだったこともあり、運転できるバイトを探してここにたどり着きました。

都内数店と埼玉県の熊谷と川崎と横浜にラーメンの具材を届ける仕事です。

軽自動車のワンボックスに味噌や海鮮具材を積んで運ぶのですが、当時の軽自動車の排気量が550ccでなんとも非力なんです。

都内を走るだけならいいんですけど、熊谷へ行くには関越自動車道を使ってました。けれど軽自動車、アクセル全開にしても法定速度ギリギリでエンジンが唸りあげてましたよ。おまけにパワステもついてなかったし。

でも、ここでバイトしたおかげでペーパードライバーにならずに済んだし、運転の上達が出来てよかったかも。

体力使う仕事だったから体も引き締まって人生で一番スタイルが良かった。

バイトのあとも会社の車乗り回して友達とドライブも行ったりしてたのは若気の至り。

お酒の配達

ビールケース

ここは通っていた高校からも近くて時給が高く、先輩たちも優しくてとても居心地のいいところでした。

人手が足りないからって友達4人紹介したもんなぁ。そのうち3人がしっかり働いてくれた。

居酒屋さんへビールやウィスキーなどを配達する、いわゆる酒屋さんなんだけど、とにかく荷物が重い。

生ビールなんて一番でかいのが30リットルの樽(アサヒスーパードライ)なんで腰を入れて持ち上げないとすぐに落としちゃう。

それでも慣れてくると、1本は肩に担いでもう1本は手持ちで階段登っていきました。

瓶ビールも中瓶3ケースなら床から持ち上げてたし、2ケースなら階段2段飛び出運んでました。

もちろん調子乗ってると落としちゃうわけで、ヘネシーVSOPを1ケース落としてすべて割ってしまったときは申し訳ない気持ちでいっぱいでした。

カラオケ屋

カラオケ

高校卒業後渋谷の専門学校へ進学したので、渋谷センター街の奥にあるカラオケボックス(当時はカラオケスタジオと呼んでいた)でバイトしました。

ビリヤードブームが終わりカラオケブームが流行りだした平成初期。

その店舗もビリヤード屋とディスコの2フロアをカラオケボックスに改装した店舗で、今ほどカラオケボックスが街中にあふれていなく忙しい毎日でした。

ある日シフトに入っていると雑誌の取材が来てて、なにやら困っている様子。

カラオケボックス店長
カラオケボックス店長

取材はいいんだけど、顔出しNGなんだよね

カラオケボックス店長
カラオケボックス店長

そうだ! アフロ白石が代わりに取材受けてくれ!

アフロ白石
アフロ白石

えっ!? あっ、ハイ…。

というわけで、私が店員代表という形で雑誌の取材を受けることに。

某有名ファッション誌
某有名ファッション誌

このカラオケボックスに来るとき、どのようなファッションで来るのがおすすめですか?

アフロ白石
アフロ白石

そうっスねぇ、渋谷なんでカジュアルな服装で気軽に来てもらえればと思います。

こんなありきたりなインタビューを終え、その日は終了。

後日発売された雑誌を見てみると…

セクシーなボディコンで歌いに来てほしいですねっ!

何ということだ…。しっかり顔写真載ってるし名前も出てる。こんな言ってもないこと書きやがって。ふざけんなCan○am!

確かにモデルさんの撮影を見ていたときはニヤニヤとスケベそうな顔してたかも知んないけどさ、インタビューで答えたこと全く反映されてないじゃん。

ちょうどその頃地元で同窓会があって、同級生(特に女子)たちに大笑いされたわ!

恥ずかしい思いもしたが、お客様の部屋に乗り込んで歌を披露したり、ベロンベロンに酔っ払ったOLさんに口説かれたり、なんてほろ苦い思い出が。

色々バイトしたけど

数日で辞めてしまったバイトもありましたが、コンビニやファストフード店など大手企業が経営する会社でのバイト経験はないんですよ。

個人情報が永遠に残ってしまうのが嫌だな、と思ってしまったので。

他にブラックなバイトもありましたが、いずれ紹介できたらと思います。